

Episode 1
ホテルをつくりたかったわけじゃない

Episode 1
ホテルをつくりたかったわけじゃない
沖縄市コザの街をホテルのロビーに見立て、空き店舗をリノベーションし、客室として再生していく―。
そんなユニークな宿泊施設として生まれたのが「トリップショットホテルズ・沖縄コザ」です。
ですが、私たちは最初からホテルを作ろうと思っていたわけではありません。本当にやりたかったのは、コザ、そして沖縄観光を再編集すること。
トリップショットホテルズに込めたビジョンをお伝えいたします。

ファンファーレ・ジャパン代表
シマタケ

スマホもSNSもなかった時代
私がファンファーレ・ジャパンを設立する前、女優・二階堂ふみさんらを輩出した「沖縄美少女図鑑」などを発行する会社で社長を務めていました。
当時は、まだスマホもSNSもない時代。フリーペーパーこそが、時代の最先端のメディアでした。毎日、寝る間もないほど忙しく、気づけば仕事が人生のすべてになっていました。
もちろん、やりがいはありました。
でも、40歳を目前にした頃、ふと感じたのです。
「このままでいいのか?」
その問いが、人生を大きく動かしました。
私は会社を辞め、自分自身の会社を立ち上げる決断をします。
それが、今のファンファーレ・ジャパンです。
そして、その船出に、シゲさんにも取締役プロデューサーとして加わってもらいました。

震災の風景が、観光の意味を変えた
会社設立の前年。シゲさんと共に、東日本大震災の被災地・宮城県仙台市を訪れる機会がありました。音楽イベントの視察でしたが、そこで見た景色は、今でも忘れられません。
市街地へ向かう幹線道路。
その両脇には、巨大な瓦礫の山が積み上がっていました。
復興は進んでいました。
それでも、街に残る現実の重さに、言葉を失いました。
そして、その時、私の中で初めて「観光」という言葉が強く浮かび上がったのです。

沖縄再発見マガジン「トリップショット」
観光がまだ他人事だった沖縄
今でこそ、沖縄の観光入域客数は1,000万人を超えています。ですが、当時はまだ600万人ほど。インバウンドという言葉も、まだ一般的ではありませんでした。
観光は、沖縄にとって大切な産業。
それでも当時、多くの沖縄県民にとって、観光はどこか“他人事”のような存在でした。
もちろん、私自身もそうでした。
だからこそ新会社では、単なるタウン誌ではなく沖縄観光そのものを発信するフリーペーパーを作ろうと考えました。
それが、沖縄再発見マガジン「トリップショット」です。

コザを、もう一度編集したかった
トリップショットのテーマは、明確でした。
「レトロオキナワン」
そして、
「オキナワアメリカン」。
昔ながらの懐かしい沖縄。そして、コザを象徴するアメリカ文化が混ざり合う沖縄。従来の観光ガイドには載っていない、地元の人たちが見てきた沖縄を伝えたかったのです。
そう。
それこそが、
トリップショットホテルズ・沖縄コザの原点でした。
そして、この挑戦は次のステージへ進みます。
「見る観光」ではなく、実際に泊まり、街を歩き、体験する観光へ。
私たちは、コザの街そのものをホテルにしようと考え始めたのです。
(エピソード2へ続く)



