Episode 1
なぜ、経験ゼロの私たちに託されたのか!?

Episode 1
なぜ、経験ゼロの私たちに託されたのか!?

わずか10本の予定でスタートした沖縄市の情報番組「コザの裏側」。気づけば13年で660本以上を数える番組へと成長しました。

なぜここまで続いてきたのか。
その裏にあった挑戦や葛藤、そして街との関わりを、制作の裏側からお伝えしていきます。

ファンファーレ・ジャパン代表
シマタケ

すべては、ひとつの挑戦から始まった

沖縄市の魅力を伝えるテレビ番組「コザの裏側」。
2013年の放送開始から、今年でついに14期目を迎えます。

この番組は、沖縄市がNTT西日本、そしてアドスタッフ博報堂へ委託し、私たちファンファーレ・ジャパンが制作を担っています。

今でこそ多くの方に愛されている番組ですが、その始まりは、ひとつの“実験的な挑戦”でした。

KOZA-Wi-Fiが生んだ、新しいメディア構想

2013年、沖縄市の観光スポットや中心市街地に、NTT西日本が沖縄市より委託され「KOZA-Wi-Fi」が整備されました。(設置したのはコザの大先輩・武田誠さん率いるうるまAVセンター)

その流れの中で、「沖縄市の情報をネットで発信する仕組みを作ろう」という構想が立ち上がります。それが、現在も運営されている観光情報サイト「KOZA WEB」と、当時仮称だった「KOZA TV」の企画でした。

そしてこのプロジェクトを主導したのが、NTT西日本のプロジェクトマネージャー島田勝也さんです。

島田さんは、当時私たちが制作していた沖縄市観光情報誌「コザソース」に目を留め、テレビ番組制作という大きな仕事を託してくださいました。

なぜ、テレビ未経験の私たちだったのか

正直に言うと、当時の私たちはテレビ番組を作った経験がありませんでした。

それでも、島田さんはそんな私たちに声をかけてくれました。

今振り返っても、「なぜ?」という驚きと、「よくぞ任せてくれた」という感謝が入り混じります。

島田さんは、テレビやラジオなど数々のメディアを立ち上げてきた人物でありながら、本業は通信インフラの世界にいる方です。
だからこそ、既存の“テレビ業界の常識”に縛られない視点で、私たちの可能性を見出してくれたのかもしれません。

当時の私とプロデューサーのシゲさんは、経験こそなかったものの「面白いメディアを作る自信」だけはありました。だからこそ、その依頼を迷いなく受けたのを、今でもはっきり覚えています。

 「コザの裏側」に込めた覚悟とリアル

もし自分たちが沖縄市の番組を作るなら——
タイトルは、最初から決まっていました。

「コザの裏側」

イベントや冊子制作を通して、街の人たちと走り続けてきた私たちだからこそ見えていた表には出ないリアル。それを届ける番組にしたい。そんな想いを込めたタイトルでした。

司会には、シゲさんの友人であり、沖縄市のFM局で朝の帯番組を担当していた宮島真一さんを起用。テレビ経験はなかったものの「彼ならコザの空気を伝えられる」という確信がありました。

すべてが手探り。
それでも、ワクワクだけは確かにありました。

——そして、ここから物語が動き出します。

しかし。

私たちの想いとは裏腹に、番組は思うようには進みませんでした。

(エピソード2へ続く)
(コザの裏側はこちらから↓)

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